年頭の挨拶 坂上芳洋 古鳥史康

  • 2018.1.9


理事長 坂上芳洋


平成30年の激動の新年を迎え、一言ご挨拶を申し上げます。

昨平成29年に有志の方々により設立された一般財団法人日本総合戦略研究所の代表理事を拝命した坂上 芳洋です。

我が国は、小資源ではあるもののその知力と技術力で工商国家として世界に冠たる地位を築いております。

近隣諸国の過去に生きる国々と異なり、原爆攻撃により降伏のやむなきに至りましたが、前を向き米国と同盟国となり自由国諸国を引っ張っております。

ただ、その過去に縛られ我が国に恨みを国民に抱かせると共に補償を求め続けるのを国是としている国々は近隣に存在することは事実です。

その国々に同調する者も我が国内にいることは確かです。十人十色と言われ全てのものが同一方向に進む事は古来ありません。ほんの一握りの専制者により強制的に又洗脳により国民を迷わせる方向に導く国々を近隣に持つ我が国は多難と申せましょうが、光輝あるこの日本をこれらの国々の餌食にしてはなりません。

皆さんガイアの法則をご存じでしょうか、

「文明には生と死のときの法則があり、西洋の歴史は1611年を1単位として、その節目ごとに経度22.5度ずつ西にスピンする。

そこに最優位な文明極点が移動し、新たな文明がその位置で開化する。同様に東洋の歴史は同様に1611年ごとに22.5度東へスピンすると言われ1611年の半分の約800年は昼の時期であり、文明が誕生から約800年経つと衰退へと向かう。

このようにして西回りと東回りで昼と夜が入れ替わるようにその優位性が入れ替わる。西回りスピンが優位になるときには物質的な繁栄が起こり、東回りスピンが優位になるときには精神文明が繁栄すると言われ、新たなときの始まりを象徴するには72年の周期をみる1995年阪神・淡路大震災、この72年前1923年関東大震災。

2001年911テロの72年前1929年アメリカ発世界恐慌大周期と小周期が重なることによって小周期の異変が巨大なものとなり1611年どころではないもっと巨大な周期の節目にあると歴史は証明しております。」(ガイアの法則からの引用)



私は、魔訶不思議な予言を信ずる者ではありませんが、6400年前のシュメール文明から唐文明に至る文明の変遷はこれを証明していると言ってよいでしょう。

1995年の阪神淡路大震災が最近の極点となり文明の中心が東経135度を中心とする日本に移っております。

私は、海上自衛官の最後の配置を神戸に基地を有する阪神基地隊司令であり運命的なものを感じております。1995年を契機として精神文明の中心が日本に移ったことになります。

この日本を中心とする文明は力によるものではなく「調和」を基調とする文明と私は信じて疑いません。

この調和は、海洋から移り住んだ先人と大陸から地続きを安住の地を求めた先人の文化が融合して生まれた賜物です。途中に大破壊により物質文明をリードした武将もいましたが淘汰されました。

最近の経験として武士の統治を終焉させた明治改革、生存のため起こした第二次世界大戦ですが、我々は、先人の精神に立ち返り「調和」を基調とする文明を発信しなければなりません。ただしこれには必然とする条件があります。それは、万人が担保する貨幣を基本とする財(Money)、国や組織、個人の進むべき方向を決める意思(Will ではなくあえてIntention)、モノづくりと新たな道具を作り出す技術(Technology)これらを底辺から支える力(Force)と文明(Culture)です。英語の頭文字をとってMITFCです。

ここで我が研究所の使命ですが、会員の皆様のご尽力によるところが大変大きいと言えます。まずMに関しては、国内外の流通から豊富なMを生み出します。Iについては、我が研究所の知識と経験並びにこれらに裏付けさえた知恵を政策決定者に知らせ方向性を導きます。Tは、折角生み出したTを世の中に出して効力を発生させます。Fは、これもIと同様に影響力を行使します。Cは、本来皆さんが備えているポテンシャルであり自信を持って皆様の事業なり活動に進んで下さい。

我が研究所は会員の皆様の負託にこたえるべくMITFCに全力を尽くす所存です。目標は文明の中心となる我が国日本の発信源となることです。1995年から移動した日本文明(あえて和文明と称します)がこれを800年ではなく次の800年も継続する礎を子孫に残しましょう。

我々が対峙する分野は、エネルギー、食糧、環境破壊、民族宗教、貧困、災害、医療、教育、安心安全と多岐にわたりますがどれに対しても手を抜くことなく発信していきます。

会員の皆様の一層のご発展とご多幸を祈念して新年のご挨拶といたします。

2018年1月9日

(財)日本総合戦略研究所

理事長 坂上芳洋



古鳥文康


新年あけましておめでとうございます。

いま、アメリカでトランプ大統領を揶揄する出版物が話題になっています。

またトランプ大統領が誕生してからこの1年のあいだに、「分断」や「断絶」という言葉が世界中で喧伝され、さまざまな問題が勃発し、北朝鮮も戦争の危機に直面してしまったように見えます。

しかし、もともと1年前、トランプさんが大統領就任式で宣言した「分断」とは、アメリカの建国当初から国家の富を横領し独占してきた巨悪(国際ユダヤ資本と白人エスタブリッシュメント)をアメリカから分断し、アメリカの富と政治をアメリカ国民大衆の手に取り戻す、というものでした。

それは、かつてカストロやゲバラが、ユダヤ資本家や白人エスタブリッシュメントをキューバから分断し、彼らが横領し独占していた国富をキューバ国民の手にとり戻した精神と同じで、まさに英雄的な大統領就任演説だったのです。

しかしその後、巨悪の傘下にある全米のマスコミや検察権力によってトランプ大統領は徹底的に攻撃され、貶められました。「分断」の意味は誤魔化されて、「人種差別や国家間の対立」という低レベルの意味にすり替えられました。

そしてトランプ大統領自身も、国民大衆と巨悪との狭間をじつに稚拙に隙だらけに遊泳しているうちに、いつの間にかそういう低レベルの政治姿勢に陥ってしまったような感もあります。

現在、巨悪は巧妙に元の闇に隠れつつあります。

正月、ローマ教皇庁のトーラン枢機卿は、日本の神道の信者への新年の挨拶の中で、この世界情勢を「世代間の断絶」という言葉に託してメッセージしました。

トーランさん曰く。

「経済的繁栄を次の世代に残すだけでは、幸福も、正義も、平和も保障されません。次の世代に伝えるべき真の宝は、わたしたちそれぞれの宗教がもつ信仰の霊的遺産です。平和への脅威は軍事衝突や敵対心によって解決することはできません。知恵、対話、忍耐、寛大さの力によってしか解決できないのです。これこそがわたしたちが次の世代に継承すべき霊的遺産です。解決手段は、交流の中で表現される愛と理解です。」

このメッセージだけ読めばまさにそのとおりです。しかし、そこでわたしたちは誤魔化されて真の意味の「分断」を見失ってはならないと考えます。またその先にある「一如」を見逃してはならないと考えます。

本当のことを言ってしまえば、本当に世界を動かしているのはトランプ大統領でも習近平国家主席でもありません。国際ユダヤ資本でも白人エスタブリッシュメントでもありません。


本当に世界を動かしているのは、じつは誰もが心の深層で気づいているように、圧倒的なパワーを持つ霊的力です。国際ユダヤ資本家も白人エスタブリッシュメントもその霊的力の一面を担っているにすぎません。


聖書は、神に繋がる者はこの霊的力によって生かされて実を結ぶが、神に繋がらない者はこの霊的力によって地球から分断されて焼かれてしまう、と繰り返し断言します。地球は明確に二つに分断するのです。

これは日本人の美徳である悪人正機を否定するものではありません。イエスも自分は取税人や娼婦など悪人たちの味方であると宣言しています。そのうえで、善人面して人類の富と精神を横領しているユダヤの指導者たちは分断され、地獄に落ちて滅ぶと断言しているのです。

何より大切なことは、愛という言葉を抽象的なものにしないことだと考えます。

トランプ政権に限らず、キューバの国富回復やアジア諸国の独立に見てきたように、巨悪を分断することは極めて困難です。


しかしそれは、じつは私たち人類が自分の快楽や利得などの人間的な欲や自己中心性を愛から分断できず、混在したまま放置していることこそが真の原因ではないでしょうか。

かつて人間は人間的な思案によって快楽を求め、それによって苦難が生じました。利得を求めたことによって損失が生じました。この霊的世界では楽を求めれば苦が生じ、得を求めれば損が生じるのです。

理屈ではなく、誰もが心の奥の直観で知っているように、愛は、楽も得も無く、苦も損もありません。ただ尽くす愛一如の精神です。隣人を守り、愛する人を守るために自らの生命をも惜しまぬ精神です。楽も得もありません。だから苦も損もありません。一如なのです。

かつて多くの日本人兵士がアジアの人々の独立のために戦って戦死していった愛一如の精神は日本の宝です。昨年亡くなられた小林麻央さんが最後まで愛の一如に生き抜いた姿は人類全体の宝でしょう。

トーランさんの言うとおり平和への脅威は軍事衝突や敵対心によって解決することはできません。しかし、あえて断言してしまえば、知恵、対話、忍耐、寛大さなどの人間の力によっても解決することはできないのです。

わたしたち自身が自分の快楽や利得を分断し、愛の一如を選択することによって神と共振し、神と繋がり、圧倒的な霊的力が働いてこそ解決できるのだと考えます。

今年は戌年です。安田佐和子さんによると、「戌」は草木が枯れ果て滅びる状態を表すとともに、「戈(ほこ)」と「一」から成り立つため「刈り取って一つにまとめる」という意味があるそうです。

たしかに「戌」の前の「酉」が収穫を表し、「戌」の後の「亥」は草木が種の中で育つことを表すので、「戌」の年である今年は、すべてが滅び、次の新しい種へとバトンタッチさせる年である、ということになるかもしれません。

してみると、今年は褌をぎゅっと締め直して、どすこい!と両脚を地につけて踏ん張って己の欲や自己中心性を分断し、心して愛一如の覚悟を決めるべき年であると思います。

2018年1月9日

(財)日本総合戦略研究所

古鳥史康