イージス・アショア導入の問題点


ご質問(JSRI Q2)


防衛省は、陸上配備型イージス・シスエム(イージス・アショア)導入のため、平成30年度概算要求を行っています。当初800憶円と言っていたものが、1基で約1,000億円以上と高騰していますが、この理由は何でしょうか。前回のイージス・アショアの整備理由に関するご回答には頷けますが、短期間にあまりにも高騰の幅が大きすぎます。国民の血税をこのように安易に許していいのでしょうか、このれを是正するためにはどうすればいいのでしょうか。

(40代、会社経営者)


ご回答 理事長 坂上芳洋

ご心配のとおり大変憂慮しています。回答者の経験、公刊の資料並びに関係者へのインタビューと中立的立場で回答し、皆様と共に今回に概算要求の内容を是正する努力をしていかなければなりません。ご質問のとおり平成30年度概算要求は、次のとおり公表されており、これによりますと1基1,237億円となっています。

この背景と理由に関しては次のとおり分析できます。なお、経費の高騰のみならず、最も重要な主レーダ―の性能、運用能力並びに整備・技術更新等の基本的な要素をも解説し、経費に問題のみならずどのレーダーを主レーダーとして選択すべきかを合わせてご理解いただきます。

先ず経費の高騰の背景には、主レーダーの選択にあります。候補は、米海軍のAMDR(Air Missile Defense Radar, 対空ミサイル防衛レーダー)として選択されたレイセオン社製のAN/SPY-6レーダー(以後SPY-6)と当初は、ロッキードマーチン社製のAN/SPY-1D(以後SPY-1)でしたが、建設予定の地元秋田からSPY-1の電波干渉が極めて重大である事の不安の声が高く米国側の調整機関である米国国防総省隷下のミサイル防衛庁(Missile Defense Agency:以後MDA)がこれに対応するため、ロッキードマーチン社に同社製のMDAが予算をつけ開発したLRDR(Long Range Discrimination Radar)の技術を基礎とするLMSSR(Lockheed Martin Solid States Radar)を対抗馬とする事を防衛省に提案しました。 防衛省はRequest for Price (POP: 価格要求)をMDA要求し、これに対してMDAは、二つのレーダーの候補レーダーに関する回答を防衛省に提供しました。これに基づき主管幕僚監部となる陸上幕僚監部に陸上配備型イージス・システム(イージス・アショア)の構成品選定の上申をさせ、本年7月17日(火)に防衛事務次官を議長として関係局長、各幕僚長等を委員として構成品選定諮問会議を実施し、LMSSRを主レーダーとする上申を了承し、防衛大臣への答申が了承されました。これに基づき防衛省は、本年7月30日(月)選定結果を発表し、主レーダーをLMSSRとしました。発表結果の分析、関係者へのインタビューと説明者の経験から高騰の原因と早期に整備運用する事に関する問題点を次のとおり極めて高い確度の推定を得ました。

l イージス・アショアがトップダウンで主管自衛隊が陸上自衛隊とされた事

イージス戦闘システムの導入に際しては、洋上防空検討会による海上幕僚監部の真摯な検討結果に基づき、防衛庁(当時)が導入を認め、現在6隻が運用、2隻が追加運用され、昨今の北朝鮮の弾道ミサイル脅威に対抗し、十分な働きをしてきました。導入以後、海上自衛隊は、相当の経費を投入し、多数の人材の育成と豊富なイージス艦の運用経験を得ました。

これに反し、イージス・アショアは、安倍首相とトランプ大統領のトップ会談で決定され、ミサイル防衛を均等の付与させる意図から主管自衛隊を全く経験を有しない陸上自衛隊に決定しました。以後の構成品選定に関する作業及び概算要求に関する作業が主として経験のない陸上幕僚監部によって防衛省内局の指導の下、行われました。

l 構成品選定作業のための価格要求に対する米国ミサイル防衛庁の回答がLMSSRを選定させる恣意的な内容と推定される事

先ず、MDAは、防衛省にLMSSRを選定させるべく、実績のあるSP-6を意図的にLMSSRをより下位にするために、防衛省の価格要求に対する回答をしたものと推定されます。これは選定結果の公表内容を読み取れば、明確に判断できます。

それは、LRDRの技術に基づくLMSSRは、実績のない構想のみのレーダーを実績にある実運用中のSPY-6と比較させ上位にしたことにより、防衛省内局及び陸上幕僚監部に誤判断させたものと推定されます。先ず、選定結果に記述されている意図的な指摘できる点は、SPY-6を試作品と決めつけた事(事実:ハワイのPMRFに設置されてPMRF(Pacific Missile Range Facility、太平洋ミサイル射撃試験設備)を前防衛大臣が視察した時に実運用されているにも関わらず試作品であるとMDA長官が防衛大臣に説明しました。同長官が防衛省訪問時、再度試作品であると回答したことから防衛省幹部に刷り込まれたようです。)


また、両レーダーとも製造から運用開始まで6年を要するとした事(事実:確かにLMSSRは、設計、試作品の作製、実用品の製造には6年を要すかもしれませんが、SPY-6は、実運用であるとともに現在新造イージス駆逐艦用に製造中であり、レイセオン社は、発注から引き渡しまで3年で可能としてます。また、同程度の期間を要する理由として、全ての諸試験を5億ドルもかけ米海軍が完了したSPY-6もLMSSRと同様の試験が必要であるとして必要期間を同一にしようと画策したようです。なお、SPY-6は、全て諸試験が完了しており、基本的な連接試験と探知・追尾試験のみで可となります。

加えて、LMSSRは、イージス武器システムとの連接試験だけで可とすると防衛省内局は、当初判断していたようですが、SPY-6 と同程度の試験が必要でありこれら諸試験の費用が概算要求に含まれているかは不明です。MDAは、LMSSRをDCS(Direct Commercial Sale: 企業から直接日本政府への導入)を認めました。(他方、SPY-6は、FMS(Foreign Military Sale、米国政府から日本政府への導入)しか認めておらず、今回のMDAの防衛省の価格要求に対する回答は、LMSSRがロッキードマーチン社から提案されてものをそのまま防衛省に提示したようですが、SPY-6は、米海軍からMDAに提示され、MDAはこれを修正を加えたものと考えられます。)

l LMSSRが選択される場合の問題

先ず最初に申し上げたいことは、両レーダーもAESA(Active Electro Scan Array:アクティブ電子スキャンアレイ)技術レーダーであり、この技術によるレーダーは米国の国内規制によりDCSでは導入できず、FMSのみ可能です。これからLMSSRは、最初でつまずくものと考えられます。

このほかに、導入されたと仮定しても、

第1に、提案されたレーダーは、概念レーダーであり技術性能面では担保できない事。

第2に、日本側のライセンス候補企業はレーダーの製造経験が全くない企業である事。

第3に、諸試験が終了しておらずSPY-6の例から5億ドル程度以上の費用は全て日本政府が負わなければならない事。

第4に、DCS導入は、技術更新、維持管理経費は米国政府は一切関知せず、全ての責任を日本政府が負わなけれなならない事。

第5に、MDAは、弾道ミサイル防衛のみの機能を日本政府に提案しているが、自己防衛、巡航ミサイル対処、他自衛隊及び米軍との協/共同を図るIAMD (Integrated Air and Missile Defense: 統合対空ミサイル防衛)能力を有していない事。

第6に、国内で二系統のレーダーを維持管理する事を強いられる事。

第7に、米国との運用の共用性の維持向上をはかることが出来ない事。

第8に、米海軍と同様にイージス艦のレーダー更新がSPY-6ではなくLMSSRを強いられる可能性がある事。

が挙げられます。

l SPY-6が主レーダーに選択されるべき理由と強点

上記LMSSRの問題点が無く経費、性能運用整備上すべてにわたり優れています。

先ずSPY-6 の概要ですが、米海軍が約18憶ドルをかけレイセオン社が開発した米海軍の水上艦艇用の次期対空ミサイル防衛レーダーで、AESA(アクティブ電子スキャンアレイ)技術に基づくレーダーです。送受信機能を有するレーダーモジュールをモジュール数により用途に応じて運用されます。現在新型イージス駆逐艦用に製造中です。この同種レーダーモジュールはハワイの米軍PMRF(Pacific Missile Range Facility(PMRF,太平洋ミサイル射場)でイージス駆逐艦用の約1/2のモジュール数によるレーダーが実運用されています。

PMRF運用のレーダー

SPY-6が主レーダーに選択されるべき理由と強点は、LMSSRと対比し述べますと、

第1に、SPY-6レーダーは実運用中でありレイセオン社は、受注から納品まで3年で可能としています。技術性能面では、SPY-1Dの探知距離の数倍の探知距離を有し、同時探知追尾目標数はSPY-1Dをはるかに超える能力を有し、日米共同開発の弾道ミサイル迎撃ミサイルSM-3 Block IIAの射撃能力を有します。

第2に、日本側のライセンス候補企業は海上自衛隊水上艦の対空レーダーの製造を担っている企業と聞いています。

第3に、SPY-6は米海軍によって諸試験が約5億ドルかけ完了しており、イージス・アショアの主レーダーとする場合は、イージス武器システムとの連接試験と、基本的な追尾試験のみで可能となります。過大な試験費を要しません。

第4に、FMS導入であり、レーダー本体の価格は、米海軍と契の契約価格1億3,600万ドルにFMSの管理費が加算されて価格となります。技術更新、維持管理経費については米国政府が責任を有し継続支援します。

第5に、SPY-6は、自己防衛、巡航ミサイル対処、他自衛隊及び米軍との協/共同を図るIAMD (Integrated Air and Missile Defense: 統合対空ミサイル防衛)能力を有しています。

第6に、国内で当面SPY-1DとSPY-6の二系統のレーダーを維持管理しますが、米海軍から維持管理に関する試験が継続支援されます。イージス艦のSPY-1DをSPY-6に更新する事により、ライフサイクルコストの低減を図ることが出来ます。

第7に、米国との運用の共用性の維持向上をはかることが出来ます。

第8に、米海軍と同様にイージス艦のレーダー更新がSPY-6する状況が容易となります。

イージス艦レーダー更新のイメージ

l 構成品選定までの情報の提供に関する所見

LMSSRがDCSであるが故にロッキードマーチン社及びこれを推進する日本の企業グループがウェブサイト、雑誌等を通じ構想のみのレーダーを大々的にPRするとともに防衛省自衛隊への提案も企業自体から行えるの比しレイセオン社はSPY-6の主管が米海軍であるため説明は全て米海軍の了承が必要であり、説明にとどまったため、日本への導入の積極性がないと評価されてきたことが構成品選定結果に影響を与えたと推定されます。

l まとめ

以上を要するに実績のない概案のみのレーダーを経験に基づかない評価で選択した経費高騰の原因となるLMSSRと技術運用面でもSPY-6よりも低いレーダーの選択は妥当でなく、再考は必須であります。防衛装備品は公共事業とは異なり早期に確実な能力が保証された装備を費用対効果性の高い状態での獲得が優先されます。

国民の血税を単に特定の組織・企業のために使用する事は許してはならなず、当研究所の意見をご理解を得、国民の声として大きく広めていただき政府防衛省への再考並びに財務省の概算要求時の究明を促す大きな力となっていただく様お願いいたします。