東京新聞朝刊 第1回 2018年11月9日 坂上芳洋



東京新聞朝刊 第2回 2018年11月18日 坂上芳洋



東京新聞朝刊 第3回 2019年1月23日 坂上芳洋


イージスアショア問題を解決する

(講談社 現代ビジネス 2019年3月28日)


イージス・アショア搭載レーダーの選定に

専門家が抱いた「違和感」


なぜ相当の期間と経費を要するものが…

坂上 芳洋


昨年7月、防衛省は「イージス・アショア」に搭載するレーダーについて、米航空機大手ロッキード・マーチン社製の最新鋭の「LMSSR」を採用すると発表した。「探知範囲も広く、弾道ミサイル防衛能力は飛躍的に向上する」と喧伝するが、これに異議を唱えるのが、防衛省阪神基地隊司令や日米合同演習の日本部隊指揮官を務め、ミサイル防衛に知悉している坂上芳洋氏だ。

坂上氏は、「導入の現実味」「コスト」の面から、この決定には問題があると指摘する――。



諸試験も終わっていない段階で…

防衛省は、秋田と山口に配備を計画する陸上配備型イージス・システム(イージス・アショア)に搭載するレーダーについて、有力視されていたレイセオン社の「SPY-6」ではなく、ロッキード・マーチン社の「LMSSR」を選んだ。これは筆者や日米の軍事関係者には大きな驚きだった。

米海軍が導入を決めたSPY-6とは違い、LMSSRは構想段階のレーダーで、製造実績がないからだ。

米政府が2020年にアラスカ州に配備する次期警戒管制レーダー「LRDR」(Long Range Discrimination Radar)を基に、これから開発される予定のレーダーだが、現段階ではLMSSRは製造もされておらず、もちろんレーダーとしての諸試験を完了していない。日米共同開発の弾道ミサイル迎撃ミサイル「SM-3 BlockIIA」を運用できるようになるまでに、相当の期間と経費を要する可能性がある。

しかも、ミサイル実射試験をはじめとする諸試験や技術更新などは日本政府の責任となり、経費の全面負担を強いられる。報道によれば、SPY-6の場合、米海軍とレイセオンは開発製造に約18億ドル、一連の諸試験に約5億ドルを費やしたという。さらに米ミサイル防衛庁(MDA)は防衛省に対し、LMSSRの性能を確認するため、日本政府の負担でハワイにLMSSRのテストサイトを建設するよう求めており、膨大な追加費用がかかる懸念がある。

LMSSR選定の大きな理由の一つは「日本企業の参画」だった。米政府から防衛装備品を購入するFMS(Foreign Military Sales:有償軍事援助)の増加で受注が減り、苦境に陥る日本の防衛産業を底上げするため、LMSSRには富士通のガリウムナイトライド(GaN)半導体素子が使用される予定だった。

ところが、防衛省はロッキード・マーチン社の通知により早々に断念。国内企業へのメリットはなくなってしまった。

また、コスト増から、巡航ミサイル対処機能の付加も見送っており、ミサイル防衛(BMD/CMD)体制の強化という面でも不十分だ。イージス・アショアは、LMSSRを搭載レーダーとして平成31年度政府予算案は成立したが、防衛省は構成品の選定をやり直すべきではないだろうか。



坂上芳洋

(財)日本総合戦略研究所理事長

経歴

日米欧の多国籍弾道ミサイル防衛会議議長

日米欧弾道ミサイル防衛戦術ゲーム主管

米国レイセオン上級顧問

日米合同演習の日本側総司令

防衛省阪神基地隊司令


ゼウスが与えた最強の盾「イージス」

まずイージス・アショアの簡単な歴史について触れておきたい。

イージス・アショアの構想が出たのは、十数年前の国際会議の場だった。米ニュージャージ州のロッキード社に置かれた、米海軍ミサイル巡洋艦及びミサイル駆逐艦向けのイージス武器システムのテストサイトに、ミサイル発射装置を連接し、陸上型イージス戦闘システムとしたらどうか、という計画に端を発し、開発が進められた。

ちなみに「イージス」という名称は、ギリシャ神話の最高神ゼウスが娘のアテナに与えたという盾であるアイギス(Aegis)から取っている。

このシステムは、従来の米海軍の対空ミサイルシステムである「タロス」「ターター」「テリア」の各ミサイルシステムが同時に多数の目標を迎撃する事ができなくなったため、1960年代から1970年代にかけ、当時海軍大佐だったウェイン F. マイヤー氏がプロジェクトリーダーとなりRCA社において開発された。後に少将となったマイヤー氏は「Father of Aegis」と尊敬され、筆者も親しくさせていただいた。

イージス・アショアが最初に配備されたのはルーマニアだ。

米政府は、イランの弾道ミサイルに対抗するため、ルーマニアに弾道弾迎撃ミサイル「Ground Based Interceptor」(GBI)を設置しようとしたが、中距離核戦力全廃条約に違反するとして断念。かねて構想のあった、イージス・アショアを米政府の負担でルーマニアに設置し、米海軍が運用している。

米政府は現在、米ハワイ州カウワイ島の太平洋ミサイル試射場「Pacific Missile Range Facility」(PMRF)とルーマニアの2カ所でイージス・アショアを運用し、ポーランドにも建設中だ。

一方、日本では1986年に旧防衛庁の防衛改革委員会傘下の洋上防空体制研究会において、旧ソ連の脅威に対抗するため、OTHレーダー、早期警戒機、航空機搭載艦(DDV)、イージス・システム搭載艦が候補に挙がった。海上自衛隊はイージス・システム搭載艦を選び、1988年度に概算要求した。これがイージス護衛艦「こんごう」である(この時の概算要求と要求性能策定は、筆書が行った)。こんごうの就役から十数年が経ち、日本政府はイージス・アショアの導入に舵を切った。

筆者はイージス・アショアの導入自体に反対しているわけではない。

北朝鮮は依然、核兵器や弾道ミサイル能力を保持しており、日本に対する核・ミサイルの脅威は消えていない。さらに踏み込んで言えば、真の脅威は中国とロシアである。イージス・アショアは高額で、トップダウンにおる導入決定でもやもやした感はあるものの、北朝鮮のミサイル脅威は継続され、中国、ロシアの弾道ミサイル、巡航ミサイル脅威に対処するためには、不可欠だ。



小野寺防衛大臣



次々と浮かぶ疑念!

イージス・アショアは現場の自衛隊からの要望ではなく、官邸主導のトップダウンで導入が決定された、とされる。主な経緯は、次の通りである。

■平成29年12月19日:国家安全保障会議及び閣議においてイージス・アショア2基を導入し、陸上自衛隊で運用することを決定。

■平成30年1月10日:小野寺前防衛大臣がハワイの太平洋ミサイル試射場(PMRF)を視察。

■平成30年4月16日:イージス・アショアのレーダー選定を巡り、防衛省が米ミサイル防衛庁(MDA)に対し、「提案要求書」を交付。

■平成30年6月12日:防衛省がMDAからLMSSRとSPY-6についての提案書を受け取り、提案内容の精査を開始。

■平成30年7月17日:防衛省が防衛事務次官をトップとする「構成品選定諮問会議」を開催し、搭載レーダーをSSRに決定。

■平成30年7月30日:防衛省が構成品選定結果公表。

■平成30年8月31日:防衛省、平成31年度概算要求公表。

■平成31年1月29日:米国防省傘下のDSCA(Defense Security Cooperation Agency)日本のアージス・アショアのFMSに関する売却許可を発表。

■平成31年3月2日:平成31年度政府予算案衆議院通過。

防衛省はHPで構成品選定について「構成品のうち、陸上配備型イージス・システムに搭載するレーダーについては複数の選択肢があることが見込まれたことから、性能、費用等を踏まえて最適なレーダーを選ぶために、公正性、公平性を担保しつつ、選定手続きを行った」と説明する。

防衛省が資料で示す選定の理由を引用したい

http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/meeting/aegis-ashore/30a_1.pdf)。

「…『基本性能』については、弾道ミサイルの探知能力や同時対処能力、レーダーの連続運用能力について評価した結果、全体では『LMSSR』がより高い評価を得た。『後方支援』については、レーダー等の構成品の信頼性及び整備性、補給支援態勢(部品の安定供給等)について評価した結果、全体では『LMSSR』がより高い評価を得た。『経費』については、導入経費に加え、維持、運用経費等を含む経費を評価した結果、『LMSSR』がより安価であり高い評価を得た」

だが、この説明には、いくつもの疑問点が浮かぶ。

まず冒頭で示した通り、SPY-6は米海軍が正式に採用を決め、Flight III Aegis DDG(アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦)用に製造されている一方、LMSSRはまだ構想段階だ。LRDRの技術を根拠としているが、「基本性能」で「高い評価を得た」という根拠が分からない。国民の血税をつぎ込む以上、選定根拠を公表すべきである。

また、「納期」についても、LMSSRとSPY-6はともに「FMS契約締結後から1基の製造・配備までに6年間を要する」として、同一の評価点を獲得しているものの、製造中のSPY-6と構想段階のLMSSRの納期が同じになるのはなぜだろうか。

また、防衛省はSPY-6を「試作品」として紹介しているが、前述した通り、SPY-6は2016年にPMRFのARDEL(Advanced Radar Development Evaluation Laboratory) に装備され、約5億ドルをかけてレーダーとしての諸試験を全て終了しており、実運用中だ。

レイセオン側の関係者によると、SPY-6は受注から納入まで3年で可能。能力についても、探知距離は現在のSPY-1Dの数倍となり、同時に探知・追尾できる目標数も大幅に増えるという。




MDAによる不透明な提案

イージス・アショアの本体はFMSによる売却となっているが、LMSSRだけは、企業が米政府を介さず、直接日本政府に売却するDCS(Direct Commercial Sales:直接商業売却)となっている。

LMSSRはSPY-6と同様、AESA(Active Electronically Scanned Array)技術を使ったデジタルレーダーであり、本来はFMSでしか売却できないはずである。LMSSRは構想のみのレーダーで、採用される技術が固まっていないため、米政府に登録されていないのが理由だが、何らかの施策が講じられたのは確かであろう。

また、SPY-6、LMSSRともに、MDAが日本政府に提案書を提示したが、LMSSRはDCSでロッキード社と日本政府との契約になるため、ロッキード社が自由な売り込みをすることができた。関係者の証言によれば、ロッキード社は商社系のコンサルタント会社を使いながら、大々的な営業活動を展開。富士通製のGaN素子を使用することで、国内産業基盤の強化にもつながるとアピールし、交渉を有利に進めたという。

一方のレイセオン側は、FMSとなるため、営業活動が規制され、防衛省や防衛族議員からは「熱意に欠ける」と評価されたようだ。

また、筆者が、小野寺防衛大臣がPMRFを視察した際の同行者に事情を聴いたところ、MDA長官は小野寺氏に「SPY-6は試作品だ」と耳打ちし、「LMSSRが、日本のイージス・アショアのベストの候補だ」という趣旨で説明をした、という。真偽は定かではないが、MDAは当初から、日本政府にLMSSRを選ばせるよう、恣意的に画策した疑いがある、との見方が関係者の間にもあるようだ。



小野寺防衛大臣


膨らむコストと能力

国防総省傘下の国防安全保障協力局(DSCA)から今年1月29日、イージス・アショアのFMS部分の売却を許可する通知があった。前述した通り、DCSとなるレーダー部分は除かれているが、システムの構成や価格は明示されている。

イージス・アショア2基分の費用は、技術支援や予備費を含めて21億5000万ドル。通知された内容を分析すると、システムは「ベースライン9」で、BMD能力しか持たない。つまり、イージス・アショア自身を守るための対空ミサイルを撃つことができない。

また、防衛省は、弾道ミサイルや巡航ミサイル、航空機や無人機などの脅威に対処する統合防空ミサイル防衛(IAMD: Integrated Air and Missile Defense)を求めているものの、現状ではIAMDは制限された内容となってしまうだろう。

さらに深刻なのがコストだ。

筆者の試算では、LMSSRが計画通り採用されると、少なくとも以下のような経費がかかる。さらに、別途、イージス・アショアを格納する建屋の建設費や土地の造成費、メンテナンス・コストなどが載ってくる。当然のことながら、迎撃ミサイルを購入する必要もある。

■イージス・アショアの本体経費

21億5000万ドル(約2400億円、DSCA発表)

■LMSSR

約350憶円(報道から)

■LMSSRテストサイト

約1億ドル(約110億円、ARDELと同経費と推定)

■LMSSR試験

約5憶ドル(約560億円、SPY-6と同経費と推定)

言わずもがなではあるが、イージス・アショアを購入する原資は税金だ。いまだ製造もしていないレーダーを、極めて重要な防衛システムに搭載する候補とする事自体やってはならないし、メーカーの甘言に惑わされ、青天井に国民の血税を使用するようなことがあってはならない。

システムの構成品選定作業は、陸・海・空の各自衛隊OBを含む専門家を入れ、米軍の助言と支援を得ながら再度、やり直すべきだろう。


(尚、筆者は海上自衛隊を勇退後、ロッキード社と競合するレイセオン社で上級顧問を務めたことはあるが、それは20年以上前の話であり、今はレイセオンとは何ら契約関係はない。あくまで中立的な立場で、純粋に軍事的見地から筆を執った次第であることを、付記しておきたい。)





講談社 現代ビジネス https://gendai.ismedia.jp/articles/-/63572